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お客様の声

私は11歳の時、初めて脊柱側弯症と診断されました。私の脊柱は、ひどく悪く、下部のカーブで38度、上部のカーブで40度でした。主治医は、重症度を非常に心配していました。ですが、当時は痛みがありませんでした。肩と腰の位置が水平でない事だけ気がついていました。医師は、装具を付けるか手術が唯一症状を改善させる治療と告げました。途端に生活は一変しました。私は気楽な子供ではいられなくなりました。

数年間装具を着用した後でも、改善は見られませんでした。実際、カーブは悪化していました。装具の着心地は非常に悪かったにも関わらず、側弯症は進行し続けました。中国漢方による治療や理学療法を試しましたが、痛みの緩和や、カーブの軽減には効果がありませんでした。手術を非常に恐れていましたが、何時かはしなければいけないことも分かっていました。手術以外に改善する方法はないと思い始めました。

ラウ博士のことを知った時には、私の脊柱のカーブは50度になっており、矯正手術の直前でした。博士の成功のうわさが信じられませんでした。希望を持ってエクササイズを始めました。そして、2つのカーブが共に5度も改善しました。0レベルの期間であったこと、治療と学業で非常に忙しいことを考慮すると、これはとてつもない成功です。背中が今までより強化されたように感じ、そして肩と腰の位置が左右で揃いました。ラウ博士は、再度私に希望をくれたのです。私は、この先もっと大きな成功を期待しています。

L. シ・フイ

L. Si Hui
18yr old, Student
Singapore
Lim Ching Mae

私が12歳の時、各学校に政府から看護婦が派遣され、全校生徒の健康診断が行われました。私だけが、小さな部屋に呼ばれました。中にいた看護婦の皆が心配そうに私を見ていました。その日のことを忘れません。私は屈むように言われ、脊柱側弯症があることが確認されました。総合病院に紹介され、医師から状態を安定させるために装具を着用するよう指示が出されました。

最初、装具の着用にはとても痛みがありました。装具の硬いプラスティックの角、特に腰骨の両側でいつも私の肉に食い込みました。体を動かすだけ、例えば歩くだけでも、痛くなりました。時間が経つと、肉がボロボロになり、装具にこすれて皮膚は剥がれ落ちて形が崩れてきました。毎日約23時間の着用が必要だったので、皮膚が装具に食い込みまるで皮膚ではないようになり、破れやすくなりました。汗が装具の中に溜り、またそれを悪化させませた。その臭いがひどくて、今でも覚えています。汗をかくといつも、とても暑くて痒くなりました。でも、掻き始めると、それをひどく後悔することになりました。装具をはめられた皮膚は、脆く崩れやすい状態になっていて、掻いたりすると簡単に切れてしまうからです。そして傷からは、黃色の膿や時には出血さえありました。またそれが臭いをいっそうひどい物にしました。歩く屍のように感じていました。医者は何もしてくれませんでした。自分自身でさえ、自分の体を嫌悪しました。それでも、装具を付けない分けにはいきませんでした。私は、自分を律して着用するようにしていました。その時には、それが手術を避ける唯一の望みだったからです。

中学での私の性格は、変ってしまいました。静かになり、いつも影に隠れているようになりました。クラスの皆、先生さえも痛々しそう見ていました。同情と奇異な目で見られ、自分が変人のように思えました。孤独になると、すぐに学校のいじめの対象になりました。彼らは、裕福な家庭のトップクラスの生徒達でした。校長や教師に可愛がられ、監督生になることが約束されていました。でも裏では、彼らはいつも私をいじめたり押したりして、私には出血のある打ち身がいつも出来ていました。でも先生は誰も信じてくれませんでした。先生達には、私は変人としか写らなかったのです。私は、この様なことすべてを13歳の時に一人で静かにやり過ごしました。装具着用の1番大きな痛みは、体では無く心でした。

19歳の時、医者はもう来る必要が無いと言いました。私の状態が安定したので装具を付けなくても良いとのことでした。人生で最も幸せだった日です。その後、私の皮膚は完全に回復し、今はビロードのように滑らかです。装具を付けていた頃にあった背中の痛みは、まだあり、私を困らせました。マッサージや温熱療法、コルセットなど試しましたが、一時的な痛みの緩和にしかなりませんでした24歳の時、マウントエリザベス病院に自分のクリニックを開設した元の主治医のところに戻りました。しかし、医師は私が脊柱側弯症を持っているので、出来ることは無いと言いました。ひどい背中の痛みと生きていくしか無いと。

2009年のある夜に、神様が起きてメールをチェックするように告げました。これまでYahooメールをチェックしたことが無かったので意味が分かりませんでした。それでも、従いました。そして、ケビン・ラウ博士のウェブサイトを見たのです。それは、私の希望を膨らませました。それは出来過ぎた話でした。疑いと恐れを感じました。これまで、私は希望も無く生きて来たのです。突然、希望がどこからともなく現れたのです。その希望が無くなるのが怖くて、一歩踏み出すのが出来ませんでした。私の周りの人も皆、懐疑的でした。数ヶ月後、ようやく勇気を出してラウ博士のクリニックに電話をしました。

最初の診察で、ケビン博士は優しく謙虚で思いやりのある人だと思いました。彼は、ウェブサイトとは違って見えました。でも、それは、彼の脊柱側弯症を矯正できることに対する自身の現れであり、そのおかげで私はミラクルを信じることが出来るようになりました。私にとって、彼自身がインスピレーションです。特に疑問を感じることも無く、矯正のためのプログラムを始めました。私は、完全にプログラムにコミットしました。博士は、エクササイズと栄養が重要な役割を果たすことを教えてくれました。私が自分で治癒法を勉強できるように、博士は本も貸してくださりました。質問をするといつも快く答えてくださいます。博士はまた、患者自信が健康に関する勉強ができるように、ウェブサイトや健康ブログに熱心に記事をアップされています。彼は、ラジオやテレビ、新聞でインタビューされていました。彼の著書には、私達、脊柱側弯症を持つ人が知っておくべきことすべてが包括的に書かれていました。また、私達の健康を大きく改善すると考えられる斬新な真実も書かれていました。

治療の間に、私の姿勢は大きく改善し、もう前屈みになることはなくなりました。薦められた食事法も取り入れ、大きな変化を感じました。6ヶ月間に、視力が500度から450度に改善しました。スタミナができ、すぐに疲れを感じることや眠れないと言うことが無くなりました。よく病気をしていましたが、病気になり難くなりました。化粧をしなくても良いぐらい、私の皮膚の色が明るくなりました。皆、私の背が高くなったと言います。腰痛も時間と共に良くなってきました。何よりも、私の自信が回復しました。

6ヶ月の治療後、上側の「S字」型のカーブは36度から30度に改善し、下側のカーブは35度から26度に改善しました。合計して15度の改善は奇跡のようです。夢が実現したのです。私の希望は満たされました。ケビン博士には、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

脊柱側弯症の矯正だけでなく、博士の容赦の無い強力でポジティブな信念は、私の人生に対する見方を完全に変えました。信じる勇気があるならすべては可能です。

Lim Ching Mae
19th May 2010
Singapore
irene t

11歳の時に、学校の定期健診で脊柱側弯症があると分かりました。私のカーブは、10-20度で、装具や手術が必要なほど重症とは見なされませんでした。6ヶ月に1度顕著な悪化が無いか主治医がモニターしてきました。装具を薦められることも無くラッキーでした。思春期の頃、脊柱が安定したと言われ、定期的な検診をしなくても良いことになりました。この時点では、痛みも不快感もありませんでした。何年も経って仕事を始めてから、長時間座ったり立ったりした後に背中の痛みが出るようになりました。現地の病院で診てもらい、グルコサミンが処方されました。医者は、カーブのために脊柱に圧力がかかるので痛みが起こると考え、ジョギングやバスケットボールなどのインパクトのかかるスポーツをしないよう指導しました。これらは、私がよく行うスポーツでしたので、何も運動できないという気がしました。痛みが起こることを恐れ、単に活動的な生活をあきらめました。

この時までに、私のカーブは39度にまで進行していました。主治医が年に1度のレントゲンで悪化をチェックしました。カーブが45度を超えると、手術だけが残された治療だと告げられました。背中の痛みに悩まされ、エクササイズが処方されていたにもかかわらず、エクササイズをすることを恐れていました。2年後、痛みを緩和する目的でカイロプラクティスを試しました。調整が、痛みのレベルを緩和してくれましたが、カーブは矯正されませんでした。グルコサミンは何の役にも立ちませんでした。正直言って、最終的に手術が必要になるのは避けられないと感じていました。無力に感じ、どんな解決策にも希望が無いように思いました。

背骨がより悪化する前にケビン・ラウ博士に出会えたことに感謝します。彼は、エクササイズと食事療法で私の希望を回復させてくれました。彼のエクササイズを終了すると、体幹の筋肉が非常に強化され、脊柱を強化することにつながります。右のカーブは、39度から30度まで減少し、左のカーブは、28度から27度になりました。背中の痛みと張りが大幅に減少し、活動的になることができました。これまで、ひどい痛みを起こすので恐がってきた運動も、恐れなくなりました。じっと座って、悪化を監視して手術を待つだけの状態からようやく、脊柱側弯症に対して積極的になることが出来るようになりました。ラウ博士が私に再度希望を持たせてくれました。そして、手術をする必要があるとは思わなくなりました。

Irene T.
25 yr old, Office Worker
Singapore

62歳の時、ケビン・ラウ博士のおかげで、46度のカーブが39度になりました。

この12年間、私は多くの医者や整形外科医、カイロプラクターそして理学療法師に診せて来ました。私が既に診断されている脊柱側弯症への治療に対してあまり期待してはいませんでした。ですが、常に希望の光はあるものです。そしてこの希望は、ケビン・ラウ博士によってもたらされました。先生がしてくださったことに、感謝しきれません。

20歳の頃から脊柱側弯症があったという事さえ、私は気付いていませんでした。それは、物の運び方や動き方に問題があって起こった状態だと思ってきました。私の歩き方であって、病気ではないように思えたのです。長年、右肩が左肩よりも低い位置にあり、そのため左腰が右腰よりも高く見えてきました。そして、他の重要な問題も山積していたことからも、体に合った服を選ぶことは、需要でない事になっていました。頻繁に背中の痛みが起こり、それらは非常に強い痛みでした。

1997年にひどい背中の痛みで診察受け、その時レントゲンを撮りました。この時には、脊柱側弯症のカーブの角度などについて何も知りませんでした。手術が唯一のオプションと言われましたが、手術を受けることに疑問を感じ、別の整形外科医に診てもらいに行きました。再度レントゲンは撮りませんでしたが、私の脊柱側弯症は20度だと言われました。

ここでは、理学療法と手術が薦められました。私はまだ手術が唯一の解決策だとは信じられませんでした。また、手術が唯一の方法でなかったことを神に感謝します。この医者は、彼自身で脊柱側弯症を治療できると思っているようだったので、私は自分からカイロプラクターに診てもらうことを決めました。

理学療法は、痛みを幾分和らげてくれましたが、効果は一時的で、非常に強い背中の痛みが戻ってきました。まるで、痛みだけでは足りないかのように、数回のカイロプラクティックの処置が私の背中をさらに痛めつけました。

それからです。ケビン博士と面会したのは。別のカイロプラクターに合うことにあまり期待をしていませんでしたが、それでもケビン博士の所に行くことにしました。でもそれが、自分がしたことの中で最も良いことでした。レントゲンを撮りました。そしてそこには、ケビン博士に診てもらうまでの年月でカーブが46度になっていました。私の年齢で、侵襲的な外科手術無しに脊柱側弯症の症状が7度も改善しました!今、私はこれまでより健康で、幸せです。そしてずっと良い姿勢で歩くことができます。常に前屈みの姿勢ではなくなりましたし、また以前は常に感じていためまいの徴候もありません。最も良かったことは、背中の痛みや疲れ、緊張が完全になくなったことです。

ケビン博士のプログラムは、それまでに診察を受けたどの専門家の治療法とも全く異なる物だと思います。すべての段階でエクササイズと理学療法そして栄養療法、つまりあらゆる形で害がないと分かっている治療法を使います。プログラムは非常に簡潔です。ですから、私も正しい食事をし、正しいエクササイズをし続けることができ、私自身健康を維持することができました。

もし、今の自信に満ち、健康でストレスのない私自身があることを誰かに感謝するとしたら、もちろんケビン・ラウ博士と彼の素晴らしいプログラムです!

Irene K.
62 yr old Grandmother
Singapore
julia h

私は、10代の頃から脊柱側弯症がありました。私の母も脊柱側弯症があり、年をとってから非常に曲がった姿勢になっていました。私は、自分が曲がった姿勢になる事を常に恐れていました。

30代には、背中の上部や肩によく痛みを感じるようになりました。また、頻繁に頭痛も起こる様になりました。私はこの頭痛が、背中の痛みと関連があると思っていました。ラウ博士に診てもらうようになり、私の人生を変えました!数週間の治療後、背中と肩はずっと調子が良くなり、頭痛も起こらなくなりました。ラウ博士から家で行うエクササイズと効果の高い食事療法も指導してくださいました。食事療法は、私がごまかしをしてしまうので続けることが難しいものでした。このプログラムは、患者側にも多くのコミットメントと熱意が必要になります。ですが、もし、あなたが必要な事をちゃんとやって行くなら、私のように驚くような結果を得ることができます。

私は、もっと早くにラウ博士に診てもらっていれば、長年、痛みと心配を経験しなくても良かったのにと思います。もし、10代の頃にラウ博士に診てもらっていれば、これほど悪化しなかったでしょうし、もっと良くなったでしょう。

私は、背中の痛みや脊柱側弯症の有る人、またはその両方が有る人すべてにラウ博士をお勧めします。若い時に治療を受けるとより良い結果が出ると思います。友人の娘が脊柱側弯症を持っていますが、ラウ博士に診てもらうよう薦めています。そうすれば、きっと私のように何年間も痛みに苦しめられることはないでしょう

Julia H.
New Zealand

私達の息子のマシューは、学校の多くのスポーツに参加しています。学校の選択科目で、サッカーとバスケをやっています。スポーツは、マシューにとって非常に大切です。

10代の初めに脊柱側弯症と診断されたこともあり、マシューの脊柱は専門家に診てもらってきました。専門家からは、側弯症を矯正するための手術が必要になるだろうと言われました。大手術になるとのことでした。術後にスポーツができなくなる可能性があったので、私達は、手術に踏み切れずにいましたし、装具も躊躇していました。マシューは、装具着用は絶対にしないと言っていました。

マシューは、競技中に背中の痛みを頻繁に感じるようになり、カーブの進行を少しでも遅らせることができるかもと思い代替治療法を探し始めました。ラウ博士の診察を受け始め、博士はマシューにとって競技を続けることが如何に大事かを理解してくださいました。博士と私達は一緒に、マシューのカーブを改善するためのエクササイズと食事プログラムを作りました。マシューは、自身も手術をしたくないと言うこともあり、積極的に参加しました。

ラウ博士と一緒に取り組んできたことで、幸いにもマシューの二重カーブは減少しました。胸椎のカーブは7度減少し、腰椎のカーブは9度減少しました。カーブが悪化するのを抑えることだけを望んでいたので、この結果は期待以上でした。実は息子のカーブが改善するとは思ってもいませんでした!マシューは、大変喜び、背中に痛みが有ると言わなくなりました。

ありがとうございました ラウ博士!

Matthew T.
Singapore
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私は、19歳の時にシンガポールで勉強するために来ました。私はウクライナ出身です。モデルをして学費を払っています。

モデルエージェンシーから私の姿勢が少し”ずれ”てきたので対処する必要があると言われました。小さい頃、両親から脊柱が曲がっている事を伝えられていたので、自分に脊柱側弯症があることを知っていました。これまで治療を受けたことがなく、脊柱側弯症の治療があることも知りませんでした。一生つきあう症状だと思ってきました。一緒に働いていたモデルの1人が私にカイロプラクティックを薦めました。彼女は、ラウ博士の治療を受けたことが有り、非常に助けになったと言っていました。

私は、ラウ博士に診てもらい、中程度の脊柱側弯症があると診断されました。彼は、レントゲンを撮り、私のカーブが19度であると告げました。ラウ博士の治療を始めて数週間のうちに姿勢に違いが見られました。私は、治療の成果に満足しています。今も、モデルとして働いていますが、姿勢が悪いと指摘されることはなくなりました!

Anna M.
19 years old
Ukraine
Alice C.

大人になってからの私の生活は、背中の痛みに悩まされました。子供の頃、脊柱側弯症と診断されましたが、両親は手術が必要なほど悪くないと言っていました。私の両親は姿勢を気にしてしましたが、2人の専門家がカーブはそれ程悪くなく、大人になってから問題にはならないだろうと、同じ事を言っていました。

20代後半になった頃、よく背中に痛みが起こるようになりました。最初の頃は子供の世話で忙しかったことも有り、痛みを無視していました。年が経つにつれて痛みがひどくなり、夫が私の姿勢が悪いことに気がつきました。私は、「まっすぐ」に立つことができなくなり、いつも覗き込んでいるように見えました背中の痛みは強くなり、日常の家事をする事が出来なくなり、1日をやり過ごすのがやっとになりました。

友人が私に病院に行くように説得しました。家族の友人からの薦めで不本意ながらもケビン・ラウ博士に合いに行きました。私は、彼が背骨を折るのではないかと疑いでいっぱいでした。治療のために背骨の状態がより悪くなる事を恐れていました。ですから、治療が痛くない事に驚きました。さらにラウ博士は、食事の変更と家でのエクササイズを勧めました。数週間後、背中の痛みが軽くなり、姿勢が改善されました。私は結果に満足しています。

家族の世話をするために自分自身を労ることが必要であると気付くまで何年もかかりました。夫が、助けを求めるように言ってくれたこと、そしてラウ博士が痛みの処置だけでなく食事についても指導くださったこと、一生感謝いたします。食事の大切さについて学ぶことは、自分だけでなく家族にも有益です。

Alice C.
San Francisco, USA
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私が覚えている限り母はいつも腰痛に苦しんでいました。父が亡くなってから、母は私の家族と一緒に暮らし始めました。その時には、彼女の腰痛は非常に悪い状態でした。痛みが右足にまで動くこともありました。すぐに、転倒するようになり、私は、妻や私が家にいない時に怪我をするのでは無いかと心配になりました。私達は、母を医者に診せましたが、年のせいだと言われ、もし私達が面倒を見られないなら、ホームに入れるように言われました。

友人が、ラウ博士のことを教えてくれました。私達は、ラウ博士について調べ、博士の海外プログラムを試すことにしました。ラウ博士は、非常に優しく母に接し、時間をかけて母の健康や病歴などを聞いてくれました。私達は、ラウ博士の対応を良いと思いましたし、母もそうでした。全員がプログラムに参加することに合意しました。

ラウ博士は、母の背中に45度のカーブがあることを見つけ、それが腰痛と足の痛みを起こしていること、そして母が転倒する原因であることを突き止めました。第1フェーズが終了すると、母は腰の痛みをあまり言わなくなり、足の痛みは消えました!

治療を続けました。そして、私は母が今までよりもまっすぐな姿勢で立つことが出来ることに気がつきました。母の肩はせむしのようには見えなくなりました。最も素晴らしい事は、母があまり転倒しなくなったことです!私達は、カイロプラクティックによる治療とラウ博士のプログラムに強い信頼を持っています。

Olga D.
Germany
andrej-ziman

私は、長年腰痛に悩まされてきました。スロバキアでプロのテニス選手として活躍し始めた時に起こったトーナメント中の怪我の後から始まりました。最初に腰痛が起こった時は、すぐに消えるだろうと痛みを無視しましたし、本当に数日で無くなりました。ですが、長年に亘り、何度も再発し、今では、テニスの後ではなく長時間座った後でも起こるようになりました。常に痛むようになり、さらに歩くことさえ、痛みを伴うようになりました。テニスのコーチをするためにシンガポールに引っ越しすることになり、他のコーチからケビン博士に診てもらうように勧められました。ヨーロッパでも理学療法やカイロプラクターを経験していたので、失う物は何も無いと思いケビン博士に診てもらうことにしました。ラウ博士は、レントゲンを撮り、私の椎間板が薄く、神経が圧迫されていることを見つけました。脊柱にデコンプレッションマシンを使い、ラウ博士による定期的は治療を受け、嬉しいことに長時間のテニスコーチをした後や運転、それに長時間コンピューターの仕事の後にも痛みが起こらなくなりました!さらに驚いたことには、ラウ博士が撮るように指示を出した治療プログラム後のレントゲンで、椎間板の変形が戻っていたのです。ラウ博士のプログラムに感銘を受けました。正直言って、最初は疑いがありました。でも、治療結果が私を信じさせてくれました。ありがとうございました ラウ博士!

Andrej Ziman
Tennis Pro
Slovakia
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ゴルフが大好きです。何年もゴルフをしてきましたし、余暇の趣味です。ここ数年、首に痛みを感じることがあり、ゴルフクラブを振ったり、運動をしたりすると痛みが左の腕まで広がりました、ゴルフのゲームに影響し始めたので、ちゃんと診てもらうべきだと思いました。
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私は、ケビン・ラウ博士に診てもらい、私が感じてきた痛みについて長々と説明してくださいました。診察後、エクササイズのパターンや食事の習慣について質問されました。レントゲンを撮るように指示が出され、頸椎の椎骨C5からC7に変性円板疾患があることが分かりました。これが、神経を圧迫し、腕の痛みを起こしていたのです。ラウ博士は、首の圧迫を取り除くことと調整することを勧めてくれました。また、家で行うエクササイズもアドバイスされました。

1週間もしない間に、痛みから解放され、またゴルフができるようになりました。3ヶ月に亘り、レントゲンを撮ってきました。そして、頸骨が正常に戻っていたのです。ゴルフのスコアも良くなりました!私は、ラウ博士を強くお勧めします。彼は、カイロプラクティスだけでなく、非常に多くのヘルスケアに精通しておられます。

Damien Ng
Golfer
Singapore
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ケビン・ラウ博士に見てもらう前、私は腰痛、高脂血症、多数の消化系疾患がありました。何人もの医師や専門家、ほとんど全種類のセラピストに診てもらいましたが、治療を止めた途端に痛みが戻ってきていました。覚えている限り、マッサージは毎週のスケジュールに常に組み込まれていました。不満が募りましたし、それに出費も多くなりました。ひどい腰痛に襲われた時には、ちょうど母が亡くなった頃でもあり、希望を失いかけました。

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幸運にも、この頃ケビン博士と出会いました。思いやりを持って接してくださったことと、良く聞いてくださり、私に刺激を与え健康への軌道に乗せてくださいました。博士のホリスティック・アプローチは、私が本当に必要としていた物でした。健康的なライフスタイル、食習慣や心構えの変化は、私を力づけ、私の健康状態を完全に良い方向へ変えてくれました。ついに、私は何もしなくても健康で、痛みの無い体になりました。博士が私にくださった知識のおかげで、不可能と思っていた健康な体と幸福な気持ちを持ち続けることが出来ました。マッサージは、今や治療ではありません。痛みが無くなったので、リラックスするために受けています。さらに良かったことに、私の外見が良くなり、私自身若く感じるようになりましたし、また若く見られるようにもなりました。コレステロール値も落ちました。これには、ケビン博士が私のためにデザインした脂質の多い食事や卵などのコレステロールを食べていたので驚きました。病院での検査でも証明されています。友人達は、私が食べている物に興味を示し始め、より健康を意識するようになりました!

これらすべては、ケビン博士の指導の賜です。博士が強く興味を持たれている「最適な健康状態と栄養」そしてそれらを最大限に活用するための博士の絶え間の無い研究の恩恵を受けることが出来、私は幸運でした。最後に、博士の妥協しない優秀の規準は、あらゆる年齢の人が学ぶべき事です。

ありがとうございました。ケビン・ラウ博士!

Li Ai Lay
Teacher , Age 56
Malaysia

私がかかっていた神経外科医は、腰の手術が失敗した後、車いすの生活になることを宣告し、カイロプラクターに診てもらうのは非常に危険が伴う可能性があると言っていました。まあ、もし数ヶ月後に一生車いすの生活になるのなら、どうやってカイロが今以上に悪くすることが出来るのかと思いました。手術で出来た瘢痕組織の固まりが脊髄を圧迫していました。私は、常に転倒し、座骨神経痛は耐えられないほどでした。カイロプラクティック治療を始めて数ヶ月以内に、私は転倒しなくなりました。また、座骨神経痛の痛みもほとんど起こらなくなりました。私は今、屈まずにまっすぐに立って歩くことが出来ますし、運動も可能になりました。現在私は、杖を使っていませんし、車いすはクローゼットに入れたままです。それに、滅多にスクーターを使わなくなりました。ラウ博士は、脊柱固定術をした私の首にも処置してくださりましが、悪くなったことはありません。私に起きたいくつかの変化が、ケビン博士が処方した食事に基づくことは分かっています。ですが、先生の手による処置が瘢痕組織を小さくしたか、散らしたのだと思います。おかげで、今は脊髄を圧迫しなくなりました。今や、私はカイロプラクティック治療を完全に信じています。私は絶望の中で、とてつもなく怖い思いと猜疑心でいっぱいのところにいたのです。

Mr Yoh
65 years old
Malaysia
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両親が私の「びっこ」に気がついたのは、私が13歳の頃です。両親は、私の左足が右足よりも短いことを心配しました。シニア看護師である家族の友人に診てもらった後、検査してもらうために病院の専門家に連れて行かれました。この大騒ぎが何を意味するのか考えても見ませんでした。医師が両親に脊柱側弯症の状態を説明している時でさえ、事の重要さが分かっていませんでした…病院で脊柱矯正手術を数ヶ月前に受けた女の子を訪問するまでは。彼女の母親は、私達に、彼女が長くて半年は寝たきりになると言っていました。そしてその時、私に何か悪いことが起こっていることに気付いたのです。腰のあたりに38度のC字カーブがありました。医師によると、もし40度を超えるようであれば手術をした方が良いということでした。そしてそれは、単に半年間ベッドで過ごす必要があることだけでは無く、経済的にも物理的にも両親に大きな負担になることを意味しました。幸運なことに、体に合わせて作ったプラスティックの装具でした。そしてそれは、その後の5年間使用することになりました。

硬いプラスティックの装具を一日中着用した私の不格好な10代は、私の自信を失わせました。装具を隠すために、特別に長い制服を着なければいけませんでした。体育の授業でも半分もエクササイズが出来ず、短距離のジョギングでさえ装具の中が汗でぐっしょりになり、装具の端で傷だらけになりました。体育の先生の中には、私を単に怠け者だと思っている先生もいましたし、私も上手く説明できませんでした。時々湿疹ができ、片方の肩紐が落ちるのでブラジャーを着けることも出来ません、かわいいスリングバッグを肩にかけることなんてできませんでした。荷物が重くなり過ぎないように、教科書はすべて数章ごとに分けて小さくし、鞄に入れました。それでも、鞄が2つ必要でした。学校の往復には、3-5時間かかり、今でも暑い午後の太陽の下、装具の中が汗まみれになりながら歩いたことを覚えています。あの頃を振り返って、あの年の女の子にとって本当に拷問だったと思います。17歳の時、装具が小さくなり過ぎたため、ありがたいことに装具を外すことになりました。私達は、もう装具を着けないこと、専門家にも診てもらわないことを決めました。

年が経つにつれ、曲がった脊柱と生きることを学びました。たとえば、非対称の体を隠す服を選び、靴を調節してびっこが目立たなくし、背中にしっかりしたサポートがある鞄を選ぶなどです。脊柱側弯症のすべてを治療する事への希望をあきらめていました。年齢が高くなるにつれ、軽度の背中と首の痛みと肩の張りがよく起こるようになりました。そして、脊柱側弯症が悪化していることが分かっていましたが、何かが出来るとは思ってもいませんでした。

2006年の4月、背中に重度の痛みが起こり、1週間ほど寝たきりになりました。持続的な痛みは、私を打ち負かし、こんな痛みがもっと頻繁に起こり、これから死ぬまで付き合わなければいけないなら、「残された期間」にいつもやってみたかった事をやるべきだと考えました。非常に強い腰痛から2ヶ月後、オーストラリアに移り住む決心をしようとしていた頃、妹がケビン・ラウ博士のセミナーについて書いた新聞の切り抜きを持って来てくれました。ラウ博士の脊柱側弯症の説明と彼が紹介した症例は、私に希望を与えてくれました。インターネットでたくさん調査し、よく考えた後で、ラウ博士の治療を1コース受けるために半年間オーストラリア移住を延期することにしました。

治療前のレントゲンで、これまでの年月にカーブが55度にまで悪化していることが分かり、また首にも調整が必要と分かりました。それからの半年間、仕事でストレスが多かった時期にも関わらず、私はラウ博士と1週間に2から3の治療をこなしました。最初の2ヶ月間は、体が引っ張られ、ストレッチする事に適応するために、治療に痛みがありました。すべてのエクササイズをこなすようになって、体がもっと柔らかくなり、元気になりました。治療セッションを心待ちにし、楽しむようになってきました。ラウ博士は、健康的な食事や十分に睡眠を取ることを教えてくださり、そして、私は何を食べたのか、どの様に休息を取ったのかにもに注意を払うようになりました。

6ヶ月の治療の終りには、治療後レントゲンを撮り、側弯症に15度の改善が見られていました。オーストラリアへの移動前に、さらに3ヶ月の治療を続けました。

私にとって、この治療経験は、脊柱が15度矯正されたこと以上のものがあります。多くの意味で私は恵まれていると感じ、どんな問題にもどこかに解決策があるという信仰を持つことを学びました。一般的に言って、大人の場合脊柱側弯症は1年に1度の割合で悪化するので、この矯正は私の15年間を救ったと言うことです…たとえ矯正がもっと少なかったとしても、本当に感謝しています。

Low Cher Ching
Solution to My Scoliosis 33 years old
Malaysia

先生もご存じの様に、食事の仕方を変えることを何ヶ月も考えた末、最近思い切ってやってみることにしました。驚いたことに、ケビン博士の食事療法を取り入れて4日、血圧がいつもの80/120を下回り、同時に4kgも体重が減っていました。それにも増して、少なくともこの6ヶ月は悩まされてきた左腰のあたりのうずく痛みが明らかに無くなっていました。

現在私は、高血圧の薬を服用していませんが、注意深く体重と血圧を管理しています。食事を修正することで、私は新しい血圧と体重を上手く維持できているようです。体の2カ所にあったうずくような痛みのほとんどは消えました。これは、ラウ博士のアドバイスの結果、炎症が減少したサインです。

重度の関節炎と背中の痛みは無くなり、カーブも12度改善しました!過去のレントゲンを見て驚きました。あなたの励ましと教えに感謝します。それが無ければ、私があなたのプログラムを試すことは無かったでしょう。

敬具
タン・ポー・ギー

Tan Poh Ghee
Tan Poh Ghee - Scoliosis and Hypertension Improved!
Singapore
chan-cheng

私は、20年ほど前に家事をしている時に背中に怪我をしました。不運にも、怪我を専門家に診せませんでした。痛みは、有ったり、無くなったりしました。痛みが非常に強い時には、動くことすらできませんでした。痛みに耐えられなくなったときだけ、理学療法士に診てもらいました。怪我の治療をちゃんとしていなかったので、変形が始まりました。変形が、私の動作にも影響するようになりました。

2003年に人工股関節の手術を受けました。手術の前にも、動くとひどい痛みに襲われました。移動にも車いすが必要になり、歩くこともほとんどできませんでした。睡眠にも影響が出ました。手術後、状態は改善しましたが、背中の痛みは未だありました。手遅れになる前に脊柱を診てもらいたいと思っていました。

2005年の10月に、ケビン・ラウ博士が主催された脊柱の病気に関するワークショップに行きました。私は、ラウ博士の脊柱の病気に対する深い知識に感銘を受け、自分自身の問題を診てもらうべき専門家を見つけたと思いました。迷うことなく、すぐにラウ博士のクリニックに予約を取りました。

ラウ博士は、彼の患者の状態をよく理解し、本当に心の優しい方です。患者への治療に愛情と熱を入れておられます。そして、常に患者の改善に気を配り、モニターされています。ラウ博士の治療を受けて、背中の問題と健康が改善しました。

私の全身の状態が良くなりました。長い時間がかかりましたが、ついに私の背中の痛みを無くしてくれる人を見つけたのです。

チャン・チェング・ハー夫人

Madam Chan Cheng Ha
Finding A Better Alternative to Surgery 62 yrs old
Singapore
licy coh

20年以上も腰痛に苦しんできました。仕事に関連した姿勢のためだと思ってきました。はり治療とマッサージだけが一時適に痛みから解放してくれました。左腕と指にヒリヒリと針で刺した感じやしびれを感じた時、整形外科医に診てもらう必要があると思いました。理学療法士による牽引とエクササイズを数回受けた後、外科医は私を診て、老化によるものだとして退院させました。これには、とても落胆しました。この状態を受け入れて、待つだけしかないのか?この状態を受け入れて、避けられない手術を待つだけしかないのか?1年後、左指の針で刺したような痛みとしびれが戻ってきました。私は、外科医にかかり、前回と同じ診断と手術を待つだけだと宣言されることを拒否しました。xray

私は、「体曲線の健康」という広告を見ました。ワークショップの後で、ケビン博士は、私を診てレントゲンを撮るように指示しました。私には、脊柱側弯症と首と腰に問題があることが分かりました。迷うことなく、ケビン・ラウ博士の治療を週に3回受けることにしました。6ヶ月後に、術後レントゲンを撮りました。結果は、期待以上でした。頸椎で10度の改善、胸椎で8度、腰椎で12度の改善が有り、1センチ背が高くなりました。

私の背骨が安定するまで1年ほど「ウエルネスプログラム」を続けることにしました。ラウ博士はまた、解毒と食事についても指示くださいました。検査の結果、私の糖尿病、腎機能、肝機能が改善していました。友人達は、私のことを健康の鏡だと賞賛します。そうです、今私はこれまで以上にエネルギーに満ちあふれています。

Lucy Koh
Retired Teacher Avoids Surgery - 54 yrs old
Singapore

私は、8年前に体の全身マッサージを受けたとき、初めて自分の脊柱が横に曲がっていることを知りました。マッサージ師は、指で曲線をなぞりました。どこにも痛みを感じなかったことや女性が通常生理の時に有る背中の痛みでさえなかったこと、そして頭痛も片手で数えられる程しかなかったことから、おそらく生まれつき持っていた異常なのだろうと特に深く考えませんでした。しかし、この数年間に肩の張りやエネルギーが低くなった感じがよくありました。

数ヶ月前に、自分の脊椎の弯曲がいわゆる「脊柱側弯症」ではないのかと思うようになりました。そこで、ケビン博士による脊柱側弯症のワークショップに参加してみました。カイロプラクターのラウ博士は、目で診た後に脊柱側弯症を確信されました。脊柱のレントゲンで、頸骨からT6にかけて36度の「C字形」右胸椎側弯症があることが確認されました。

私は、ケビン博士の矯正プログラムに登録しました。週に2度、1時間の治療を受けました。牽引や反転を含む、筋肉および上半身と首の骨のストレッチとそれらの強化エクササイズをしました。それから、診察室で先生が私の脊柱と頸骨を調整しました。最後に、私が最もリラックスできた電極と機械での施術がありました。

ケビン博士は、治療プログラムが終了すると、確認のためにレントゲンを指示されます – 治療後できるだけ早くにレントゲンを撮ることが勧められます。博士の患者は皆、カーブ減少が起こっており、最も改善が少ない患者でも10度の改善が見られています。45度のカーブが28度にまで減った15歳の子供もいましたし、15度から4度に減少した70歳の人もいました。私のカーブは、15度減少しました!

実際に、肩と首が柔らかくなりました!インド/中国へのトレッキング旅行に備えて、土曜日の昼食後、200階建ての建物に歩いて登りましたが、いつも疲れていたようには疲れませんでした!

かしこ、
ジャクリーン T.

Jacqueline T
Scoliosis Won’t Hold Me Back!
Singapore
michael-lum

「私は12歳の時から、片頭痛に苦しんで来ました。そのときは、それが何かも知りませんでした。大人になって、片頭痛が悪化し、明るい日光に当たるだけでも偏頭痛が起きました。

アジアとオーストラリアで最高の眼科医、そしてシンガポールで最高の神経外科医に診てもらいました。両医師とも、私の目を診ましたが何も悪くないと診断しました。

ですが、月に数度の発作が続き、発作中には薬を飲みましたが、吐き気と嘔吐がありました。

15回以上も吐き、カーテンを引いて、エアコンを付けた暗い部屋に3日間も閉じこもった時は、最悪でした。

昨年、カイロプラクターのケビン・ラウ氏の話を聞きに行きました。面会の数週間後、自分の脊椎をまっすぐにする決心をしました。私は、長年PCに向かった勉強や仕事のために背中が少し丸まっていました。2時間に亘る最初の診察で、エクササイズとの3カ所の背骨の曲がった部分に調整をしてもらいました。私は、素晴らしく、活力を感じました。

オーストラリア人のラウ氏は温和で、気取りがなく謙虚です。そして常に冗談を言ってくれます。また、患者からのフィードバックに耳を傾けてくれます。彼は、私の問題が何だったのか – 曲がった脊柱と首が前方に飛び出しすぎて偏頭痛を起こしていたこと – を詳しく説明してくださいました。

彼はまた、時間を取って私に健康な食事を紹介し、この食事法の動機付けで第一人者のアンソニー・ロビンズのCDを貸してくれました。

偏頭痛が消えただけでなく、コレステロール値も低くなりました。カルテで診ても分かります。

10ヶ月の治療が終了すると、私の姿勢は健康的になりました。今、私は太陽の下を偏頭痛なしに歩くことができます。」

Mr Michael Lum
Life Long Migraine Gone 50, training director
Singapore
isla-west

私には、覚えている限り常に、背中の痛みがありました。それは、掃除やスポーツなどの体を動かした後に来る痛みのような感じでした。そして、時にはそういった運動などをしていなくても痛みが起こりました。2007年10月頃、運動の後、腰だけでなく背中も痛むことに気づきました。そして、2008年の1月には、その痛みが運動後により酷くなるようになりました。非常に強い痛みがありました。その頃から、背中の痛みが悪化し初めました。運動などを続けるようにしていましたが、それも難しくなってきました。腰をかけて勉強することやTVを見る、食事をすることさえ、背中に非常な不快を感じるようになりました。そして、夜寝るために痛み止めを服用するまでになりました。私の背中には、常に痛みがありました。2月の中頃になって痛みは自然に消えるものでなく、何か問題があるのだろうと考え、先生に診てもらうために予約を取りました。そして、先生はレントゲンを取るように指示されました。次の診察で、レントゲン写真を見せて、私の脊柱が明らかに曲がっていることを指摘してくださいました。私は、若く、引き締まって、健康かつアクティブな人間です。また、怪我も滅多にしませんし、この様な病気にかかることはあり得ないと考えていました。ですから、自分の脊柱の状態を知って大きなショックを受けました。物理的に自分の面倒を見ることも難しくなり、自分にこんなことが起こったことや痛みに対してもっと早く対処していれば、こんなに悪くならなかっただろうことに感情的になりました。

3ヶ月の痛みの治療の間、私の代謝タイプを見るためにテストを受けるように指示されました。私は、速やかに酸化するタンパク質タイプでした。先生は、今まで食べていた食事と比べてタンパク質と脂質がより多い、新しい食事法を導入されました。私は、脂質を食事に取り込む事を恐れ、この食事に疑いを持っていました。それでもやることにしました。最初の2-3週間は、怠さを感じ、気分もふさぎ込みました。この期間で良かった事といえば、食事の間にお腹が空かず、スナックを食べることが少なくなったことだけです。新しい食事を取り入れて4週間後、効果を感じ始めました。エネルギーレベルが上がり、夜も起きずに眠れるようになりました。チョコレートやチーズケーキを欲しいとも思わなくなり、気分も良くなりました。さらに、痩せようとしたわけでもないのに3キロも体重が減りました。

私が学んだこと:
• カイロプラクティスは恐ろしいものではなく、また痛くもないこと。
• 背中の痛みは、正常でないこと
• 体に良い脂質もあること
• タフだけでは対応出来ないことがあること、この問題はもっと早期に対応しなければいけなかったこと。

Isla West
Sports Fanatic Finds Relief
Gold Coast, Australia

ラウ先生

こんにちは、サマンサです。台湾からお便りしております。写真も添付しましたが、娘の一番新しいレントゲン写真 (先週撮影)の報告をさせて下さい。現在、側弯症は36度です。前回のレントゲンと比較して-5度となり、明らかに治療が良く効いています。ラウ博士が組んでくださいましたD.B.S.での治療とエクササイズそして食事療法を続けていきます。

お礼を伝えたかったこと、それからアドバイスを頂けたらと思いメールいたしました。

再度お礼を申し上げます。
かしこ
サマンサ

Samantha
14 years old results from home therapy.
Taiwan, Taipei

娘のジェシカ・ウーは、14歳で、重度の脊柱側弯症です。私達は、インターネットでケビン・ラウ博士のことを読みました。ケビン・ラウ博士について放送したテレビのインタビューも見ました。そして博士の書かれた記事や本を読んだりもしました。

博士の知識と脊柱側弯症患者への治療経験の深さに感銘を受け、数週間の治療を受けるためにシンガポールに行く決心をしました。

ケビン博士は、良心的で親しみやすく、治療でも非常に良くしてくださる方でした。彼は、私の娘の治療や処置に対する質問にいつも耳を傾け、そして答えて下さいます。ハイテクにも精通し、最新のカイロプラクティック知識と技術を常に維持されておられます。

博士は、脊柱側弯症患者にとって非常に貴重な人材だと思います。また博士自身も自分の分野で最高であろうと決心し、努力を続けられています。

先生の成功をお祈り申し上げます。
敬具

L. フォンタァ
脊柱側弯症患者の母– ジェシカ W.

L. Fong Teh
Mother of scoliosis patient – Jessica W.
Melbourne, Australia

私の息子は、2010年8月、彼がもう少しで15歳になるという時に、弯曲が29度の胸椎側弯症と診断されました。

小児科と整形外科の疾患治療で有名な病院の医師は、治療は何もせず、息子に1日23時間の装具着用を勧めただけで、4-6ヶ月毎の定期診断を指示しました。ですから私は、息子に週に2回のカイロによる治療を受けさせました。ですが、2011年の7月に、病院で取ったレントゲンでカーブが35度まで進んでいることが分かりました。私は、この1年間装具とカイロによる治療で何をしてきたのだろうと疑問に思いました。

その後、カイロの代わりに接骨医に行きました。そして、6ヶ月治療を受けた2012年の2月にまた、病院で取ったレントゲンでカーブがさらに進行し、38.3度になっていたことが分かりました。医師は、数ヶ月後にもこのままカーブが進行するようなら、息子には手術が必要になるだろうと伝えました。希望が見えなくなり、本当に希望がないと感じましたが、それでも代替治療法を模索し続けました。そして、ケビン・ラウ博士の著書『自然療法による脊柱側弯症予防と治療法』に出会いました。私はすぐにアマゾンで購入し、手元に届くとすぐに読み始めました。この本は、分かりやすいガイドラインが付いており、非常に読みやすできていました。予防と治療に良い効果をもたらす食事やエクササイズについて書かれていました。現代の間違った認識や博士のアプローチがなぜ驚くような結果を導いたのかが詳細に説明してありました。

この本を読み終えて、私はラウ博士に直接連絡しました。そして、イースター休暇の間にシンガポールにある博士の診療所で息子に治療を受けさせるために渡航することにしました。私達は、海外の患者でしたので、1週間の集中治療プログラムに参加しました。

ラウ博士は、簡単な身体検査で息子の脊柱側弯症の状態を診て、カスタマイズしたプログラムを勧めてくださいました。このプログラムには、正しい食事の計画とエクササイズ・プログラム – エクササイズは診療所でだけでなく簡単な器具を使って家でも行いました- が組まれていました。

さらに、ラウ博士自ら、息子の側弯症に手での治療と機械を使った調整をしてくださいました。博士はまた、新しく効果の高い医療器具で側弯症による体の不均衡を正してくださいました。

香港に戻り、私達はラウ博士のクリニックでの治療中に勧められた様々なツール/デバイス/器具を注文し、運動療法と栄養療法を続けました。息子の側弯症はずいぶん安定し、ラウ博士の治療を受けた2012年の4月以降、進行していません。

ラウ博士は、患者の状態をよく理解し、本当に心の優しい方です。必要な時はいつでもアドバイスを与えて下さる真の専門家です。息子の治療は1年半前に終了していますが、今も気にかけてください、進行状況をモニターしてくださっています。

ラウ博士の治療では、常に手術に代わる良い方法があります。

アイリーン C.
脊柱側弯症の息子-ジョナサン K. の母

Eileen C.
Mother of scoliosis patient – Jonathan K.
Hong Kong